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【アラベスク】  第8章 荊の城



第3節 窮鼠、鶴を噛む [1]




 あの場合、緩に反論の術はなかっただろう。なにせ相手は小童谷陽翔だ。上級生だし、ましてや華恩とは親戚関係。右と言われれば何があっても右を向かなければならない。
 だが、本当に任せてしまってよかったのだろうか? これで、自分の学校生活は安定するのだろうか?
 不安になる心内を無理矢理に奮い立たせる。
 きっとうまくいく。なにせ小童谷先輩が説得すると言っているのだ。廿楽先輩の招待状も届けられたと聞くし、山脇瑠駆真に拒む余地はない。
 言い聞かせる脳裏に、駅舎で小童谷と共に山脇瑠駆真と対峙した時の情景が浮かび上がる。
 あの時点で瑠駆真は、小童谷の、間接的には廿楽華恩の招待を断った。
 緩は、まさか断られるとは思っていなかった。
 義兄の聡もそうだが、瑠駆真は転入してきてまだ数ヶ月。唐渓という世界の実態を、把握しきれていない。生徒会や華恩という人物の存在の意味を理解してはいない。そうでなければ、華恩からの誘いを断るワケはない。
 だが山脇瑠駆真だって、きっといずれ気付くだろう。廿楽先輩の誘いを断ることが、どれほど自分の身に不利益をもたらすかという事を。
 そうだ。それに気付けば、山脇瑠駆真は必ずお茶会に出席するはずだ。そうして、小童谷先輩が私を廿楽先輩に売り込んでくれれば、私への信頼は回復する。
 必ず事は上手くいく。
 そう言い聞かせ、大仰に進めていた歩みを止めた。
「お話中、ちょっと良いかしら?」
 緩の言葉に、昼食後の談笑を楽しんでいた二人の男子生徒が振り向く。
「何?」
 唐渓の学生にありがちな棘々とした傲慢さなど欠片も持ち合わせていない、どこから見ても平凡な存在。春から高校生となり、ようやく幼さよりも男らしさが優先的になり始めた、ごく普通の男子生徒。
 そんな二人と向かい合い、緩は背後に二人の女子生徒を従えて両手を腰に当てた。
(わたくし)のお友達に、謝っていただきたいの」
「は? 何? 謝る?」
 目を丸くする二人に対して緩は胸を張り
「そちらの方」
 と、向かって右の、眼鏡の男子を顎で指す。
「こちらの、私のお友達のスカートを、鞄で叩きましたわね」
 問われ、だが相手は首を捻る?
「叩く? いつ?」
(とぼ)けても無駄ですわ」
 ピシャリと言い放つ。
「今朝、登校時に校門のそばでスカートを叩きましたでしょう?」
「知らねぇよ」
 憮然と言い返す男子に向かって、緩の背後から蔑むような声。
「嘘ですわ」
 あまり大きくはないが、明らかに相手を見下している。
「今朝、校門を走って通り抜けようとした時、私のスカートに鞄が触れましたもの」
 その言葉に相手は眉間に皺を寄せ、胸で腕を組んで女子生徒三人を見下ろす。
 背丈は、緩たちの方がずっと低い。
「なんだよ、それ? 確かに俺は走って来たけど、お前のスカートなんか叩いてねぇよ」
「いいえ、叩きましたわ。触れたのがわかりましたもの」
「ただちょっと(かす)っただけじゃねぇの?」
 だが、その言葉に緩が憮然と言い返す。
「同じ事ですわ」
 何も間違ってはいないという堂々とした口調に、相手の男子は絶句する。







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